百景ラボ研究日誌

旧新橋停車場【駅弁むかし物語】

2016.3.17

こんにちは!

「やったー春が来たー!」と思えば真冬の寒さが

戻ってくる変な日々が続きます……..

 

それはさておき、春といえばそう……

駅弁ですね!!

でも、駅弁の発祥ってどこでいつからなど

案外知らないことが多いです。

そんなマニアックな駅弁の歴史にフォーカスした

展示会「駅弁むかし物語」を見学してきました。

 

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この展示会は新橋にある日本初の停車場(電車の)である

新橋旧停車場で開催されています。

 

建物に関してですが、1872年に開業した新橋横浜間の旧新橋駅駅舎

を再現したもので、1914年に烏森駅が新橋駅の名を引き継ぐまで

新橋駅としての機能を果たしていました。

※当時の烏森駅が現在の新橋駅になります。

 

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その後貨物専用駅として使用されていたものの、

1923年の関東大震災時の火災によって焼失し、

1934年から始まった汐留駅改良工事とともに解体されてしまいます。

平成に入って汐留付近の調査により当時の駅の一部が見つかり、

2003年復元されました。

 

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この中央部分が昔プラットホームとして使用されていた部分です。

周りは高層ビルに囲まれていますが、駅としての面影が残っています。

 

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若干今風にアレンジされているものの当時のものとまったくといって

いいほど変わらず完成度が高いです!

 

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建築様式は当時流行った擬洋風建築で、西洋風の佇まいでありながら

屋根は瓦という異色のコラボレーション!!

時代を象徴する建物になっています。

 

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簡単な見取り図ですが、現在は1階が銀座ライオン、

2階が企画展示室になっています。

外見とはがらりと変わって、中は今風な螺旋階段と

自動ドアがお出迎えしてくれます……

 

 

と、肝心の駅弁に関してですが………

中は撮影禁止ということでしたので、パンフレットから引用させていただきました。

 

 

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駅弁の始まりは諸説あり、1882年頃の神戸、大阪駅説などがあるようですが、

中でも1885年の宇都宮駅説が一番有力だそうです。

駅弁のさきがけとしては、鉄道建設に協力した旅館や食堂の業者が

鉄道関係者の勧めによって始めたことが最初だといわれています。

当初の駅弁は、竹の皮に握り飯と漬物を添えたものが包まれていたそうです。

昔はこの絵のような弁当売りが弁当やお茶の入った土瓶を売り歩いていたんですね~

 

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今ではマニアがいるくらいの駅弁の掛け紙ですが、

この絵柄は木版や石版によって刷られたもので、

大正頃から普及し始めたそうです。

掛け紙にはお弁当を包み込むようにして使用する「包み紙」や、

蓋の部分に貼るだけの「ラベル」「レッテル」という

種類のものが出てきたそうです。

また、茶の入った土瓶は大正終期にガラス製のものになったものの、

販売側も購入側にも不評であったため土瓶に戻ったそうです。

 

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昭和に入り、昭和33年頃からユニークな入れ物の駅弁が誕生します。

中身の具材をモチーフにした容器(カニや鮭など)や釜飯の釜の形をしたもの、

だるま型のものなど個性のある容器に変化していきました。

一時はプラスチック製のポリ茶瓶が普及したものの、においが着くなどの

苦情が相次いだため土瓶に戻ったそうです。

 

当時の駅弁においての問題として、窓から食事後の容器や土瓶を

列車の窓から投げ捨てるという行為が社会問題になったそうです。

こうした駅弁のマナーを訴えるために、掛け紙や土瓶に

注意書きを施すようになったそうです。

日本人はいつの時代にもこうした問題行動を起こすんですね……

また当時の駅弁の相場についてですが、

上等弁当25銭、並等弁当15銭、寿司10銭、茶瓶3銭だったそうです。

現在の貨幣価値にして、上等弁当2250円、並等弁当1350円、

寿司900円、茶瓶270円くらいになります。

※1銭=90円計算

案外価格設定は現代と変わらなくてびっくりです!

 

駅弁にもこの駅舎にも調べてみると面白い歴史があるんですね~

ちなみに私が一番好きな駅弁は、富山の「ますのすし」ですね!

ただ電車の中で食べるには大きい上に食べにくく、

味噌汁がほしくなるので電車で食べるのはあんまりお勧めはしないです……

最近ではご当地駅弁を集めたイベントなどもあるので

自分の好きな駅弁を探してみるのはいかがでしょう!!

 

 

 

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